05.酵母菌のちょっと寄り道2

人々の食生活にうるおいをもたらしてくれる酵母菌ですが、特にお酒との歴史についてSUNTORYの醗酵の発見と利用の歴史が面白くわかりやすかったので、そのままご紹介します。
日本では酵母の歴史はどうだったのでしょうか・・・

*口かみ酒から味噌、醤油の原型で-日本の発酵*
ヨーロッパ諸国で、ぶどうや穀物を利用した発酵が主流だったのに対し、日本で縄文・弥生時代に行われていた発酵は「口かみ」という方法です。

これは、口中でかんだ米または雑穀と飯米を混ぜ、唾液に含まれる消化酵素で分解されてできたブドウ糖と、空気中に浮遊する酵母によって起こるアルコール発酵を利用した方法で、もっぱら酒造りに利用されていました。

さらに弥生時代後期には「口かみ」ではなく、米飯にかびが生えたもの=麹カビを原料とする発酵が利用されるようになります。

麹カビからは酒はもとより、醤油の原型である「ひしお」、みその原型である「未醤(みしょう)」など、発酵を利用したさまざまな嗜好品が造られ、平安時代に入ると、酒、酢、みそ、醤油などの発酵嗜好品は、街中でも売られるようになりました。

なかでも酒造りに使われる麹は「種麹」と呼ばれ、酒の品質を高めるため、雑菌の混ざらないものが必要とされました。室町時代には、良質な麹を製造する方法が考案され、麹を専門に製造・販売する「種麹屋」が生まれます。

種麹屋は酒造家のみならず、醤油屋、みそ屋などにも純粋な麹を供給するようになり、世界にも類を見ない日本の多彩な発酵嗜好食品の普及に大きな影響を及ぼしました。

日本独特の世界に誇れる調味料、「味噌」「醤油」も発酵(酵母菌)の力なくしては日本食の発展はなかったのかもしれません。
また、現在では食事のときにご飯に変わる主食としてパンが食べられるようになりましたが、日本にパンが伝わったのは、1543年(天文12年)といわれています。

種子島に漂着したポルトガル船により、鉄砲やキリスト教とともに初めてパンが日本に上陸しました。
に南蛮貿易で栄えた長崎では、パン作り、米を主食とする日本では、パンはあくまでも外国人のためのものであり、日本人にはなかなか根付きませんでした。日江川太郎左衛門によって1842年4月12日に焼かれたパンが国産パン第一号です。日本軍の携帯食料として作られました。

それから、江川太郎左衛門は「パンの祖」として日本の歴史に名を残しています。毎月12日は「パンの日」とされています。

SUNTORY、WHISKY MUSEUMより抜粋