08.山彦日記  1月元旦

「去年今年貫く棒のようなもの」 高浜虚子

今年の12月も落ち着かなかった。新年を迎えるに当たりあわただしく過ぎてしまった。平時もバタバタと余裕のない生活をしているが、それに加えて12月は大掃除というノルマがあるのだ。

昔のように一家総出で畳をあげて、家の内外のすす払いをしてという事をのぞんでいるわけではない。理想を言えば、1.障子をすべて張り替える。2.窓ガラスを磨く。3.廊下のワックスを塗り替える。4.台所のレンジ周りを磨く。要求は際限なく続くのではあるが、全部できるはずもない。手を付ける前に考えただけでへたりこんでしまう。

そもそも大掃除は一年分の汚れをきれいにすることによって、新たな年に年神様を迎える準備であり、来る年を新たな心持ちで始めるという意味があるという。掃き清められた室内で「ゆく年くる年」をみられたらそれだけで充実した幸せな1年が始まる予感がするではないか。

しかし今年もさにあらず、障子は障子紙が破れてしまった2本はさすがに張り替えた。窓ガラスは愚息にやらせた。ワックスがけは「暖かい季節の方がワックスののりがいいよね」という事で春に延期。理想とはほど遠い大掃除であった。それでも玄関にはしめ縄を飾り、お供えのお餅も準備万端だし年越しそばもいただきました。

大晦日を境に新しい年が始まるという発想は私たちの気持ちを新鮮にしてくれる。同じように日が暮れてまた昇るお日様だけど眠い目をこじ開けてみる初日の出は神々しいではないか。あまりよくない去年だったけど新しい年はきっといい年にしよう、必ずいいことがあるに違いないと思えてくる。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。