08. 山彦日記 9月 最後の豆腐

山彦は田舎に住んでいる。田舎はお店が少なく、買い物に不自由する人も少なくない。

昔はそれなりにお店があったし、車に積んで売りに来てくれる豆腐屋もあった。その豆腐は子供のころから山彦の大好物。毎週土曜日のお昼前「プ~、プ~」というラッパの音で子供の山彦は母に頼まれもしないのに鍋とお金を握って買いに走ったものだ。

あれから○十年余り、愚息もこのおじさんの豆腐が好きでラッパの音が聞こえると条件反射的に身体が動いた。おいしいものにはものぐさ者も労を惜しまない。

先日所用で行った東京から千葉へのJR沿い道路。時刻は夜の8時を回ったころであろうか、こうこうと輝く看板に田舎者の山彦は目をみはった。数キロにわたっては「総合ショッピングセンター」「家具」「スポーツ用品」「車関連」「レジャー施設」とさまざまな商業施設が立ち並んでいる。都会の皆さんは当たり前に思える状況に田舎者の山彦の頭には次々と素朴な疑問と妄想がわきあがってきた。

「欲しいものはなんでもあるのだろうなあ」「どれだけたくさんのお客さんが集まるのか」

「広い店舗を埋めるための商品量って想像を超える!」

この場所に限らず「都会」というシステムはすばらしく偉大で精巧に思える。

実は件のお豆腐はもう食べられない。何週間かラッパの音が聞こえなくなって寂しく思っていたら、ある日奥さんの運転でおじさんは売りに来た。「心配していたよ。元気だった?」問う山彦におじさんは「まあまあだなあ」 奥さんは「無理をしているのよ」

山彦は悟った。きっとこれがこのおじさんの作る最後の豆腐になるだろう。何十年も作り続け、食べ続けた最後の豆腐の味は複雑だった。もうどこにも売っていないおじさんの豆腐。あふれるほど商品はあるけれど、あの豆腐はもう食べられない。永遠に。