08.山彦日記

山彦は田舎に住んでいる。

4月である。桜である。桜といったらやはりソメイヨシノである。早咲きの桜も話題になりそれはそれで美しいのであるが、寒さが一段落した4月にみっちりと咲いた桜を見上げると淡い紅色の明るい光につつまれ、えもいわれぬうっとりとした心持ちにひたる。

草に覆われた川の土手に立つ。遠くに近くに重なる山をのぞみ、頭上には空を覆い隠さんばかりの花びら、川の流れがごうごうと響く。視界の中には建物はもちろん電柱や電線などの人工物は見えない。

「ふるさとの山に向かいて

言うことなし

ふるさとの山はありがたきかな」            『一握の砂』より

100年前の石川啄木さんはまことにうまいことをいう。

こんな思いにひたるのは山彦だけでなく、海辺に住む海彦は海彦なりの「ふるさとの海」があり、きっと都会育ちのあなたにはあなたの「ふるさと」があるのは言うまでもない。

そしてこの時期のんきでいられるのは山彦が花粉症と無縁なのが大きい。裏の山にもまわりにもいっぱいはえている杉。これから梅雨前まで縁側をぞうきんで拭くと花粉で黄色くなる。車のフロントガラスに車体にうっすらと花粉が積もって薄汚い。洗濯竿もぞうきんでぬぐうと黄色くなるから洗濯物にもきっとそれなりに付着しているであろう。杉林から風にあおられて花粉がふわ~と黄色いかすみとなって舞うのが見える。花粉症のあなたには鳥肌が立つ光景だろうが山彦は日々それらを浴びて生きている。生まれたときから花粉まみれ,ばい菌まみれの山彦。強いあるいは鈍感な体を作ってくれたのはきっと「ふるさとの山」であろう。

正しく山彦には「有り難き、ふるさとの山」なのである。