08.山彦日記

「あの子は今どうしているかなあ」時おり気になることがある。さわやかな5月の朝、通勤途中の車中から登校する小学生の集団が見える。毎日のことながら明るくにぎやかで屈託のない表情でランドセルを背負った笑顔の列から少し遅れて、その子はひとりうつむいて歩いていた。
 最初にその子に気がついたのは新学期の始まった4月だった。ちょっと太りぎみの体はほかの子より色黒で転校生らしい緊張をただよわせていた。
 見かけ初めの頃は集団の中にいたその子は、日が経つと他の子からちょっかいを出されているように見て取れた。山彦は渋滞の車の中からながめるだけで声は聞こえないが、嫌そうな素振りでその子の憂うつさは痛いほど感じられた。
 「おい!そこのぼうず、この子が嫌がっているじゃないか!
そんな事をするんじゃない」
車を止めていじめている子供達に説教しようと思ったができないでいた。
 その後その子は子供たちの群れから離れて登校するようになった。暗い顔をしているように見えたのは山彦の考えすぎであろうか。
田舎からずっと下った幹線道路沿いのできごとで、そこを通るといつも目で探していたが、器が小さい山彦は結局何もしないままその状態は数年続き、とうとうこの春から姿が見えなくなった。背格好からするとたぶん卒業したと思われる。どうしようもない。いやどうにかできなかったのか、何もせず傍観者で終わってしまった罪悪感が離れない。
せめて良き友を得ていていることを願う。そしてどこかであったら握手をして言うのだ。
「進学おめでとう。『田舎の魔法』を知っているかい?山や川や森や花に包まれると、辛い気持ちがなぜか消えていくんだよ。田舎へ来てごらん。まっすぐ前を向いて歩こうぜ。」
 あなたも疲れた時は田舎にいらっしゃい。さあ何をしようか?