08.山彦日記

山彦は田舎に住んでいる。田舎の4月は明るくすがすがしい気が満ち、夜明けから朝への移り変わりはことさらおおらかな、のびやかな気持ちにさせてくれる。清少納言の「春はあけぼの」ではないが朝日に浮き上がったが山の端が輝くさまは、もう冬のそれではない。たとえその霞みの正体が「花粉」であってもほのぼのとした思いを抱かせるには十分である。
その山に薄い白桃色の山桜があちらこちらにぼんやりと見える。あんなところに桜の木が植わっていたのか、この時期にしかわからない。桜の花が「ここにいますよ」「今年も見て下さい」と告げてくれるようである。
とはいうものの山彦の「春」はそんな雅びなものではない。実のところは「春眠暁を覚えず」である。情けないけど朝起きれない。具合が悪いわけでもないのに起きられない。健康なのに起きられない。目覚まし時計をかけても夢うつつの中で目覚まし音が遠くからけろけろとカエルが鳴いているように聞こえたのには我ながら驚いた。若い頃は時間になれば文字通り「飛び起きた」ものであるが、これが「年を重ねる」というものなのか。
山里の「春」はまだまだある。忘れてはならない「春は竹の子」。竹の子は手入れのよい竹林では3月上旬から生えてくるが、一般的にはソメイヨシノの開花ころからが本格的な収穫時期である。村の農産物の直売所では初物の竹の子をいち早く出荷する人、それを買い求めたい人でにぎわう。そしてその頃から竹の子を巡って村人とイノシシとの競争が始まるのだ。
イノシシは竹の子が大好きらしく勝手に掘って食べてしまう。なんでこんなとても大きな深い穴をと不思議に思うくらい、無駄に大きな穴を掘る。竹林は棚田のように段々になっているがそれも崩してしまう。毎年恒例ではあるがとにかく口惜しいばかりである。
村の古老が教えてくれた。「イノシシより早起きして竹林に行くべし」
それができればねえ~。まず最初に強力な目覚まし時計を買いに行くか。行くべし。