8.山彦日記

山彦は葬儀会場にいる。参列しているのではなく2軒隣のおばさんが亡くなって同じ村の住人とともにお手伝いとして受付に立っているのだ。
昨今お葬式の形は多種多様になっており、田舎でも葬式の形式は一様でなくなっている。今回の葬儀も祭壇は仏式ではあるが従来の寺を模したような「白木祭壇」ではなく生花を使った祭壇となっている。花の種類はバラやヒマワリ、カーネーション、ユリ、他名前は知らないがカラフルな洋花が遺影のまわりを飾っていて、仏花と称される菊類ではない。
故人はお花を育てるのが好きで家の周りはいつも花が絶えなかった。会場内にさりげなく置かれた生前のスナップ写真も出かけた先はすべてお花の名所であった。遺族の娘たちが花を愛でた故人の最後をあでやかな花で見送りたいという思いなのであろう。90才という年齢も相まってとても穏やかな(表現が適切かどうかはさておいて)良いお葬式である。
世間では、自分にもしものことがあった時残された家族が困らないように伝えておくべきことや自分の処遇の希望を書き残しておく「エンディングノート」なるものが話題になっている。
賢明な山彦は「エンディングノート」以前から常々愚息に山彦が大病になった場合の治療方針や葬式の希望を言って聞かせていた。死んだ後後も墓参りとか愚息が面倒にならないように「こんな方法もあるよ」と意見してきた。「お葬式を行わない」ことも選択の一つではあるが、「どんな形でも葬式だけはやったほうが良い」と思っている。
「葬儀は生きている人同士を合わせるために故人が用意してくれた時間」と以前どこかで聞いた。確かにそのとおりである。
葬式へ行きお経を聴いて、他の参列者と話をする。故人の話にとどまらず自分や知人の近況報告をする。ふだん会えない人と落ち着いて話せるめったにない時間である。いつかその時、気持ちよく集ってもらうために今を大切に生きなくてはと気持ちを新たにした山彦であった。合掌。