02.鰹漁の歴史

<鰹漁ってどんな漁法なの>

私達が口にする鰹(鰹節)は、いつ頃から食されていたのでしょうか。

古くは縄文時代には、鰹が食べられていた形跡が東京湾側にある貝塚から発見されたようです。そんなに古くから日本人に愛されている鰹は、現在どの様な漁法で獲られているのでしょうか。

日本で水揚げされる鰹の漁場は中西部太平洋といわれる地域で、東経160度付近(北海道付近)から南方海域と呼ばれるパプアニューギニア付近で行われています。

1970年頃から1980年代に掛けて南方漁場と呼ばれる西部太平洋熱帯水域の開発が始まり、1970年代には40万トン程の漁獲量に対し、1990年代には100万トン前後にまで増大しました。

鰹漁の方法は大きく分けると2種類あり、一本釣りと巻き網船での漁法があります。

統計的に見ますと、2010年度の漁法別漁獲量は、巻き網船148万トン(87%)竿釣り船13万トン(7%)その他の漁業9.4万トンとなっています。

一本釣り
一本釣りの竿釣船は500トン未満の船(鰹船は500トン未満までと規制されている。)であり、出船準備として燃料・食料とブライン塩(ブライン凍結用塩化ナトリウム)を積み込み出船します。

鰹の一本釣りは古い歴史を持つ代表的な漁法です。この一本釣り漁は、遠洋・近海・沿岸の3種類があります。

《遠洋鰹一本釣り》
漁場は主に赤道付近の南太平洋です。
漁場への往復を含め1操業で約40日~60日の航海を行っている為、獲れた鰹を冷凍する設備や生餌を大量に詰め込める船倉などを持ち合わせた船で、船首から船尾まで約65メートルの細長い船体をしています。

鰹船の大きさにもよりますが、約20名の船員が乗り込んでいます。

漁法は、シンプルな一本釣りである為、漁獲量は漁師の腕が左右する事になります。

まず、鰹の群れを発見しなくてはならないため、「流れ物」を探します。この流れ物とは、流木や網・縄の事です。又、ナブラ(魚群)の上を舞う鳥の群れも鰹の居場所を教えてくれる指標となります。

群れを発見したら、船を近づけ活き餌のイワシを投入して鰹を足止めします。その後、海面に向かって放水を行い、鰹を興奮状態にさせます。

その間、船員は竿を持ち、釣り台と呼ばれる船の進行方向左側の側面近くで臨戦態勢を整えます。

活き餌のイワシを投入され、水面に放水したときに出来る白く泡立つ海中では、鰹は興奮状態になっている為、船員の投ずる返しのない針に食いついた瞬間、竿を上に持ち上げ、空中で鰹と針を離し、船内に投げ入れます。鰹針に返しと呼ばれる針先の突起が無いために出来る技です。

この返しの無い針は、天然貝や鳥の羽を付けた鰹針もあります。
鰹一本釣り漁の見所はなんといっても鰹を釣り上げ、針を外すシーンでしょう。

しかし、長年の経験が無いとこの様に上手くは行かないようです。
新人乗組員は3回目の操業位で竿を持つことが許されますが、最低でも2~3年の修行が必要といわれています。

一本釣りは豪快である為、鰹の魚群全てを釣り上げてしまうように感じられますが、実際は魚群の1%程しか釣り上げていないようです。これは、巻き網漁と呼ばれる魚群を一網打尽にしてしまう漁よりも資源確保にとっては良い漁法なのかも知れません。