02.昔のカツオ漁の方法②

《昔のカツオ漁の方法》
先月号で石器時代から江戸時代までのカツオ漁はどのように行われていたのかに付いてお話させて頂きました。
今月は明治から現代に掛けてのカツオ漁のお話をさせて頂きます。

「明治初期のカツオ漁」
明治時代のカツオ漁は江戸時代に考案された、活き餌である鰯の保存技術の向上と共に近海の漁場から少し遠い漁場へと変更していきました。この当時の代表的な漁場は、利島・式根島・神津島付近と言われています。

この当時のカツオ漁の漁夫は、一隻の船に20人前後が乗り込み、餌を付ける竿・擬餌針を付けた竿・大小のタモ・水面を叩くカイベラと活き鰯を積み込んで出港していました。

漁場でカツオ群を発見すると船頭は船を止め、カツオの群に鰯を投げてカツオの群を船の周りに集めます。船の周りにカツオが集まってきたら一斉に活餌が付いた竿を下します。

熟練者は船尾(艫とも)、あとは船首に位置し、餌投げと餌配りは船の中央で待機します。釣り手はカツオを釣りやすくする為、全員片舷に寄って釣り始めます。

その間、船は投錨せず、潮に流されたままでいます。釣り手は釣り針に活き餌を刺して海に投げ入れ、左手で持った竿を小刻みに動かして、餌が泳いでいるように見せます。この時、カイベラで水面を叩くと鰯が逃げ惑っているとカツオが認識し、カツオの活性が上がり、釣れ始めます。

現代のカツオ漁では、カツオ群が見つかると船から水面に向けて水を放水しています。明治時代のカイベラで水面を叩く事と同じ効果があります。今も昔もカツオの活性を上げる事がカツオ漁の水揚げに影響している様です。

カツオの活性が十分に上がると、熟練者は擬餌針を付けた竿で釣り始めます。活性が十分に上がり、興奮状態になるとカツオは何でも食いつくようになり、そうした習性を利用して擬餌針での漁が可能になりました。
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活き餌である鰯の保存技術が向上し、カツオ漁の方法も変わってきましたが、この当時の漁船は「帆船・手漕ぎ船」でした。これではカツオが沿岸域から離れ、漁場も遠くなってしまうと日帰りの様な操業も大変になってきました。

この様な事から、船の動力化が行われ始めました。

次回は、「カツオ船の動力化」に付いて、お話し致します。