02.戦後のかつお漁

先月は、戦後のGHQによるマッカーサーラインの命令により、日本の漁船は公海を自由に操業する事が出来なくなり、日本の食糧事情に影響を与えた事に付いて触れさせて頂きました。

今月は、マッカーサーライン廃止後の新たな問題である200海里に向かうお話しをさせて頂きます。

【戦後の国々の動向】
戦後からGHQの管理下に置かれていた日本の漁業は、マッカーサーラインの影響で自由な漁業が出来ませんでした。しかし、1952年4月の日本と連合国の平和条約である、サンフランシスコ講和条約に合わせて、マッカーサーラインは廃止されました。

やっと自由に公海で操業できるようになった日本の漁業ですが、世界の海は変化を求めていました。

カツオやマグロなどの海洋資源は、大きな船を持つ先進国が優先して捕獲してしまう事が多く、戦前から様々な議論がされていた様です。

優良な海洋資源が豊富な場所は、アフリカや太平洋の途上国海域に近く、こうした国々の重要な資源でもありました。
先進国の漁船は、アフリカや太平洋の途上国近隣海域で自由に漁を行い、そうした行動を苦々しく思っていた国々は、自分たちの領海内に入らない様に先進国に要求を開始します。

しかし、こうした要求は、先進国には受け入れられませんでした。
こうした中、第二次世界大戦が開始され、終戦に向かっていく中で、再び途上国の国々は立ち上がりました。

1947年、南米のチリは自国の周辺海域の資源の管轄権を主張します。

この声に背中を押された国々は、1952年にチリ・エクアドル・ペルーの3ヶ国は、「サンチャゴ宣言」を採択します。
サンチャゴ宣言とは、自国周辺海域の資源の管轄権ですが、その中には自国沿岸から200海里(約370km)までを自国領海する事が含まれています。

しかし、こうした宣言は、多くの漁獲を望む先進国との軋轢を生じさせました。

我が国の領水及び経済水域