08.山彦日記

あなたは信じられるだろうか?

ふた山三山越えた先の汽笛の音が昔々は聞こえたということを。蒸気機関車が列車の主力だった半世紀前の時代、当時は若かった亡き父の思い出話である。

「〇〇(山頂近くのお茶畑の地名)でお茶を摘んでいると天気や風の具合で△△鉄道の蒸気機関車の汽笛の音が聞こえたもんだ」

と亡父はいった。

△△鉄道は山彦の田舎から直線距離にしておおよそ15㎞のところを走っている私鉄である。

JRの駅から山あいへ向かって運行している路線では蒸気機関車が主力だった頃の話らしい。山頂の茶畑の標高は180mで件の線路は一番近い地点で150m。こだまがこだまを呼んで聞こえた?

そんな話を思い出したきっかけはやはり△△鉄道である。この鉄道は期間限定の特別イベントとして「機関車トーマス特別号」という蒸気機関車を走らせとても話題になっていた。たまたま帰省していた愚息と見に行ってきた。(ちなみに愚息は幼い頃なぜかトーマスを怖がっていた)

鉄道沿線の適当な場所で待っていると子供連れやらカメラを持ったおじさんたちが集まり出し、いよいよ白い煙を吐きながらトーマス号が走ってくる。そして汽笛の「ポオー」という音。一面緑の中でトーマスの青い顔はまったく不似合いではある。が、なぜかとてもわくわくし、山彦は窓から顔を出している笑顔の乗客に向かって大人げなくも力いっぱい両手を振っていた。

わずか数十秒のできごとに不思議なほど幸せな気持ちになれた。他の見物客も、愚息もニコニコしている。

さて、汽笛の音はどうだろう。昔は車の往来もないし、農作業はもっぱら人力でこなしていた当時なら静かだし、「ありえるかな?…」と思いつつ「いくらなんでも無理でしょ!」

いずれにしてものどかな時代の笑い話であり、のどかな路線の幸せな風景である。