03.原料高騰における環境と時代背景 ①

あけましておめでとうございます。小林食品の社長の小林です。本年もどうぞ、よろしくお願いいたします。前島に代わりまして暫くこのページを担当いたします。いずれ前島には戻ってきてもらうつもりです。
 さて、多くのお客様から弊社の営業担当者に「昨今の原料事情はどうなっている?」とのお問い合わせが非常に多くなっております。こちらにおきましては、ここ数年は高値安定という返答をさせていただいておりますが、その事情につきましては詳細に説明できていない部分もありました。鰹節新聞を始めた当初の目的は、このような情報をより詳細にお伝えする事を目的としておりましたので、鰹に関しまして数回にわたり、環境と時代背景を踏まえて様々な角度からその理由をお伝えしていこうと思います。

弊社は、今年で会長(父親)が独立してから40年近くになります。会長の小林が独立して焼津の業界団体に加盟した際、「おそらくメーカーでは自分が最後だったかな?」といっています。それが本当であるかはさておき、最後のグループで有った事は想像できます。最盛期で180社ほどが加盟し、現在は全体で80社ほど、鰹節・削り節の加工業者となれば、その半分以下になります。
焼津という土地は現在でも水産都市としては恵まれた環境ですが、その理由は鰹という魚種に関わらず、加工する業者の種類と数、水産関係に関わる業者が40年ほど前は非常に多かったからでした。当時で鰹節業者は大小合わせて70軒ほどあったと言われています。このほかにナマリ節、鮮魚を取り扱う鮮魚屋、現在では冷凍の鰹を柵切りしてスーパーにロイン加工と呼ばれる業者、鰹に限らず水産物を原料として佃煮を製造する製造業者など、水産加工として非常に裾野が広く、鰹に限らず多くの魚種を加工(消化)できました。
当初は水揚げされた鰹のセリに参加していた人は100人、200人とも言われています。現在はセリに参加する為の市場の帽子を持っている人はそれなりに居ると思いますが、それでも購入する人達は非常に限られ、大小合わせて20社ぐらいになって居ます。また鰹節を製造する会社は焼津では15社程、鰹節を原料として弊社の様に削り・加工する業者も15社程度となりました。
鰹節の製造量としては、焼津の製造会社のそれぞれの製造量は把握できませんが、日本全体では国産の鰹節は製造減、30年ほど前から海外節(輸入節)が始まっていますが、国内全体の消費は減少ですが、使用市場が広がっております。
この理由としまして、確かに一般的には鰹節や花かつおを購入して自宅で削るという事は皆さんしなくなりましたが、加工食品においては多くの食品に使用されており、鰹節関連品が多くの食品に使用され、裾野が広がっており、弊社の製品の加工具合も多義にわたるようになりました。来月に続く・・・