03.海外の事情について

こんにちは。社長の小林です。前回までは焼津のお話でしたので、少し世界の海に目を向けてみます。
戦後の日本は太平洋(定義としては中西部太平洋で日付変更線より日本側と考えてください)で鰹を多くとりました。社会の資料に出てきた一本釣り鰹漁をはじめ、現在の鰹節を含めた加工用鰹を取る海外旋網船を主流とし、太平洋での漁獲量に占める日本の割合は一番でした。この流れが少しずつ変化してきました。例えば、米国の旋網船は、もともとは東部太平洋海域が主漁場だったのですが、1980年代以降は日本の漁船団が漁を行う、中西部太平洋水域に進出してきました。米国は1987年には南太平洋諸国フォーラム漁業委員会(FFA)と協定を締結しました。これは一定数隻の入漁を島国諸島に認めてもらう代わりに、米国政府及び業界がそれ応分の入漁料の支払いを行うというモノでした。
時期を同じくして、台湾、韓国、フィリピン島のアジア勢も中西部太平洋に進出してきました。日本の海外旋網船(鰹節や缶詰などの加工用の鰹を獲る船)は、国内政策から従来の35隻のままなのですが、諸外国の船が次第に増加し、1999年が日本を含めて167隻が2012年には271隻となっております(約1.6倍)。これにより相対的に日本の影響力が低下していきました。
隻数の増加と船体の大型化が進み、資源確保の問題が出てきました。といいますのは、データ上では鰹は世界では比較的数量が多いのですが、マグロの資源が少ない中で、鰹と鮪は大型回遊魚として一緒に泳ぎます。また鰹よりも鮪の方が高値取引されますので、海外旋網船はどうしても鮪を獲りたがるのです。このような流れの中で、鰹と鮪の資源管理の問題を政府間同士で話し合う為に、会合がもたれるようになりました(MHLCと言います)。
しかしこの交渉はなかなか進展しません。といいますのが、この地域において参加する国が多い中、当初は主導的な役割をしてきた日本でしたが、しだいに意思決定方法が多数を占める、島嶼国側に有利な内容になりつつあり、条約の決定事項に異議申し立て権がない事があり、日本はこの改善を求めましたが、受け入れられず準備会合を欠席するという事態も発生しました。
日本の背景としては、この条約が日本から見ての旋網船が漁をする南方水域だけでなく、中高緯度をも対象となっており、日本の近海、沖合水域も管理対象になっていた為、遠洋漁業業者のみならず沿岸や沖合漁業関係者も巻き込んで国内論争になっておりました。
条約に不参加となれば、漁場を失いかねず、かといって参加すれば沿岸や沖合の業者も巻き込むという中での交渉の末、新しく関係沿岸国等で構成する別委員会を立ち上げ、複数の項目をけん制しながら条約に加盟する事になりました。しかしながら結果的にですが、隻数(漁獲量)が増えない為に、中西部太平洋での影響力は相対的に低下したのです。
(参考文献:水産振興)